祝 150周年 三菱 屋外ディスプレイも日本人の発明

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f:id:japanfather:20201212204138p:plain東京都台東区 岩崎久弥邸 洋館正面入口前広場 

 

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f:id:japanfather:20201211192455p:plain岩崎久弥邸の洋館のテラスの横にある岩 昔と未来を繋ぎ映す岩の窪みの水面

 

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f:id:japanfather:20201210194112p:plain岩崎久弥邸の和館の前にある岩 永遠に湧き出て重なる日本人の発明力

 

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日本人なら全席を最前席にしてみせましょう

屋外ディスプレイの父 岩崎彌太郎電機 三菱電機 明治3年創業

三菱明治3年創業、三菱令和2年150周年おめでとうございます。三菱オーロラビジョン昭和55年登場、三菱オーロラビジョン令和2年40周年おめでとうございます。生放送やビデオを見たり聴いたりしてもいいけど、生で見たり聴いたりしてみたい。だけど、会場が広いと、ほとんど見えないこともある。だけど、会場に屋外ディスプレイがあったら、会場が広くても、どの位置からでもはっきり見える。一番後ろの席も、まるで最前席のように、まるで目の前で見ているようになる。

 

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三菱オーロラビジョンはただ大きくて防水じゃない全く新しいディスプレイ

防水仕様のディスプレイを屋外に置いたら屋外ディスプレイですが、屋外ディスプレイの基本は「防水仕様」だけではなく「1mや2mではなくとても遠くから見るもの」「とても遠くからでも見える超大画面」「昼間の屋外でもはっきり見える高輝度の画面」も基本です。日本人は世界初の屋外ディスプレイ製作の12年前の昭和43年(1968年)にソニーが世界初で世界最大の100形ディスプレイを製作、世界最大のブラウン管式ディスプレイはソニーKX-45ED1の45形、ブラウン管式は45形が限界だった、だから、この100形ディスプレイはブラウン管式ディスプレイではなく、世界初の液晶式ディスプレイの精工舎テレビウォッチの登場は昭和57年、昭和57年はこの100形ディスプレイ登場の14年後、だから、この100形ディスプレイは液晶式ディスプレイでもなく、光は塗料と違い赤色と緑色と青色の3色だけで全色を出すことができ、光は赤色と緑色と青色の3色だけで白色も出すことができ、カラーディスプレイはこの3色の光の明暗を超高速で制御して「色がついてる動く画像」を作っているモザイクですが、この100形ディスプレイはこの3色の光の豆電球をたくさん並べただけの全く新しいディスプレイ「ソニーカラービデオパネル」で、最初のブラウン管式ディスプレイは平面ではありませんでしたが、ソニーカラービデオパネルは平面、ソニーカラービデオパネルは「世界初の100形ディスプレイ」「世界初の平面ディスプレイ」で、ブラウン管式の100形だったらもっと厚くなるので、ソニーカラービデオパネルは「世界初の薄形ディスプレイ」でもあったと言うことができます。豆電球を並べただけと言いましても、3色だけで瞬間瞬間に超高速で映像を作っていく制御技術の発明はとても困難で、この困難を乗り越えることができたのは日本人だけだったことは確かであることは、世界初という輝かしい言葉が物語っているでしょう。

 

大きい成果は小さいことの積み重ね

100形より大きい映像なら昔から映画がありましたが、映画は「スクリーンと放映機の両方と両方の間にある程度の距離がないと映像を映すことができないもの」「昼間などの明るい場所では映像を見ることができないもの」「ディスプレイより大きい映像を映すことのできるもの」で、ディスプレイは「放映機だけで映像を映すことができるもの」「昼間などの明るい場所でも映像を見ることができるもの」「映画のような大きい映像を映すことができないもの」ですが、ディスプレイも映画のように大きい映像を映すことのできるものにしたい、だけど、ブラウン管では超大画面にできない、だけど、きっとブラウン管以外でもディスプレイはできる、ということで発明したのがソニーカラービデオパネル、しかし、ソニーカラービデオパネルは豆電球だから防水性がない、ガラスなどの透明なもので覆うと防水仕様になる、しかし、屋外ディスプレイは夜だけではなく昼間もたくさんの人が色々な方向から見るものだから覆うと光の反射で見えなくなることもあるから覆うことはできない、更に、豆電球は輝度が高くないから昼間などの明るい場所ではほとんど見ることができない、だから、ソニーカラービデオパネルは屋外ディスプレイになることはできませんでした。しかし、ソニーカラービデオパネルの3色の光だけのディスプレイの発想と技術は、世界初の屋外ディスプレイに活き、考えてみるとブラウン管も豆電球と同じ発光体、世界最小の1.5形のブラウン管式ディスプレイのナショナルTR-001の登場は昭和45年、だから、小形のブラウン管の技術はできている、後は、この小形ブラウン管を赤と緑と青の単色にして輝度を高くして、ソニーカラービデオパネルの豆電球を「小形高輝度単色ブラウン管」に代えたら屋外ディスプレイができる、見事、世界初の屋外ディスプレイ「三菱オーロラビジョン」完成、ということだったと思います。

 

三菱は世界一を描く三原色

今(令和3年)の三菱オーロラビジョンと昭和55年の最初の三菱オーロラビジョンは光源が同じではありません。昭和55年の光源は「1 ブラウン管」でしたが、平成元年(1989年)から平成7年までの光源は「2 蛍光表示管(Flat Matrix CRT)」に、平成5年に日本人が青色LEDを発明により、平成8年から今に至る光源は「3 LED」に変化、進化。ブラウン管式ディスプレイは液晶式ディスプレイより高電力ですが、小形高輝度単色ブラウン管結集式ディスプレイの三菱オーロラビジョンは豆電球(白熱電球)結集式ディスプレイのソニーカラービデオパネルの1/10の電力。三菱オーロラビジョンのブラウン管の画面の形は四角形ではなく円形、円形のブラウン管なんて珍しいですが、昭和元年に世界で初めて高柳健次郎と東芝が作ったブラウン管も円形。ブラウン管の高輝度化は「ブラウン管の単色化」により自然に実現、普通のブラウン管は3色の光を1つに混ぜて1点に絞ってこの1点の光を超高速で画面全体の色々な所に放出して「映像」という色がついてる動く画像を作っていきますが、単色ブラウン管は1色の光だけでよく映像も作らなくていいので光を常時画面全体に放出できるため高輝度、昼間の屋外でもはっきり見えます。昭和55年のブラウン管は直径35mm、昭和61年(1986年)は直径20mmに進化、蛍光表示管に進化した時はシャープペン直径ほどのモザイクを実現、小さいモザイク(画素)であるほどたくさんの画素にでき、たくさんの画素であるほど高画質、たくさんの画素であるほど至近距離、昭和55年は画面から100m遠くからじゃないとちゃんとした映像に見えませんでしたが、今は2m遠くからでもちゃんとした映像に見えるものに進化。また、今の三菱オーロラビジョンは色々な方向から見ても色の変化がないように工夫してあります。三菱オーロラビジョンは昭和55年に世界に1台だけでしたが33年後の平成25年に世界に1776台に発展しています。

  

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f:id:japanfather:20210120225219p:plain三菱オーロラビジョンの光源の変化と進化 

 

f:id:japanfather:20210120225709j:plainLED式オーロラビジョン

 

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