祝日本人天皇誕生日 世界最高タブレットパソコンも日本人の発明

 

 

 

    世界最高タブレットパソコン「岩垂邦彦日本電気NECーT1195」令和3年2021年3月登場。最初の写真がT1195です。T1195は世界初で世界唯一「正面全外周ダイヤモンドカット意匠」がとてもかっこよく、この部分はとても細い線ですが、店に行きますと「T1195だけ正面全外周がダイヤモンドのようにかっこよく光って輝いている」ことがわかりますし、この輝きは「普通の金属の輝きや銀色の塗装の輝きとは違う」こともわかりますし、この輝きは「金属の輝きではなく石の輝き」のようにも見えますし、この部分は斜めになっていて正面とは角度が違いますが「角度の違いによる光の反射の輝きではない」こともわかります。とても細い線だけど確実に輝いていることがわかる。そして、他の輝きとは違うこともわかる。こういうのが一番お洒落だったり派手だったり目立つのでしょうか。とても素晴らしい意匠発想です。いつの時代も日本人は技術も芸術(意匠)も素晴らしいと思いました。T1195はスピーカー放音口の意匠も素晴らしく、円が七つ並んだ意匠で、円が並んだではなく円がいくつもあるスピーカー放音口は以前からポータブル装置のスピーカーやポータブルスピーカーでありましたが、円が並んだスピーカー放音口はポータブル装置のスピーカーやポータブルスピーカーでは世界初で世界唯一だと思います。T1195のスピーカー放音口は子供でも作ることができそうという手作り感と少年のような飾り気のない率直さを感じます。T1195はディスプレイの画質もとても良く、特に今のディスプレイとカメラは光の輝きと光の艶を正解に出すのが得意のようで、T1195のディスプレイは有機ELだからでしょうか、ディスプレイに表示の字が紙に書いた字や紙に印刷した字のようにくっきりしていて驚きます。T1195は側面と背面もかっこよく、側面の音量釦と背面のカメラの全外周にもダイヤモンドカットを施してあり、T1195は釦が音量釦が2つと電源釦が1つの全部で3つで、電源釦はダイヤモンドカットを施していないと言いますか、電源釦は全く出ていないので施すことができないのですが、だからむしろかっこいいですし両方が目立っています。背面のカメラは少し出ている理由は「少し出すことで全体を薄くした」「この薄さを実現の為にはカメラの部分を少し出さないとならなかった」もしくは「とても薄くて大画面だから平面な面に立て掛けないで置いた時に持ち上げやすくないから持ち上げやすいようにカメラの部分を少し出して平面な面に置いた時に少し浮くようにした」と思います。T1195の側面は以前の機種と違い直角垂直意匠ですが角は以前の機種と違い丸く、背面の上部から側面に電子回路のような線意匠と水平線でアルミニウムの色を2色に分けた意匠も珍しい意匠でかっこよく、側面と背面はアルミニウム掘り出し筐体で繋ぎ目がなく一体で、アルミニウムの色と仕上げも最高です。T1195は包装箱もお洒落で、技術品の包装箱ではなく芸術品の包装箱のような印象です。人類は岩垂邦彦日本電気NECーT1195のような素晴らしいものを作ることができただけでも素晴らしいと思います。今は容量1TB(1024GB)のカードフラッシュメモリもありますが、T1195で使用できるカードフラッシュメモリ(マイクロSDカード)の容量は128GBまでで、このような点もカセットテープメモリと違う点です。
    なんと、T1195はディスプレイ11.5形で薄さ5.8mm。T1195以前の世界最薄タブレットパソコンはT1195登場の6年前の平成27年2015年登場「井深大盛田昭夫ソニーXperiaZ4TAB」で、ソニーXperiaZ4TABは10.1形で薄さ6.1mm、6.1mmでも「6.1mmのタブレットパソコンなんて作ることができるんだ」と驚きました。T1195はヘッドホン端子がなく、ヘッドホンを繋いで聴きたいまたは音声を出力したい際は「電源端子ヘッドホンアダプター」を電源端子に繋ぎ電源端子をヘッドホン端子または音声出力端子にします。T1195はヘッドホン端子非搭載の理由は、ヘッドホン端子を作ることができないほど薄く小さくしたからでしょう。このような装置は平成14年2002年登場「井深大盛田昭夫ソニーMZーE10」が世界初だと思いますが、MZーE10は付属のリモコン端子ヘッドホンアダプターをリモコン端子に繋ぎます。T1195 は電源端子ヘッドホンアダプターは非付属です。装置の薄さに驚いたのはMZーE10が最初ではなく、最初は昭和58年1983年登場のテープメモリ式ポータブルオーディオ「井深大盛田昭夫ソニーWMー20とWMーF20」で、WMー20とWMーF20は世界初「超偏平モーター搭載」世界初「カセットケースサイズ」当時世界最薄「テープメモリ式オーディオ」で、この世界最薄は井深大盛田昭夫ソニーが超偏平モーターを発明により実現したのですが、超偏平モーターを搭載のテープメモリ式オーディオは「テープリール軸がモーターでモーターが無いようなオーディオ」で、WMーF20は当時世界最薄「チューナー搭載テープメモリ式オーディオ」で、WMーF20はチューナー内蔵なのにチューナー非搭載のWMー20とほとんど同じ薄さであることにも驚きました。初期の超偏平モーターは動作音が少し大きかったですが、日本人は動作音が小さい超偏平モーターを発明、動作音が従来の半分の超偏平モーターを搭載のテープメモリ式オーディオは平成6年登場「松下幸之助パナソニックRQーSX7」などで、松下幸之助パナソニックは動作音が小さい超偏平モーターの機構をサイレントメカニズムと命名、サイレントメカニズムは偏向磁束を減らし動作音を減らした機構、更に、日本人はモーターが無いようなオーディオどころか「モーターが無いオーディオ」で動作音が小さいオーディオどころか「動作音が無いオーディオ」を発明、世界初モーターなどの動く部分が無く動作音が無いオーディオは昭和51年1976年登場のアラームデジタル腕時計「山崎亀吉シチズンCRYSTRONーLC(再生専用)」ですが、日本人はどのようにしてこのようなオーディオを実現したのでしょうか。日本人は「音を記録再生できるIC」を発明により実現しました。世界初モーター(回転部分)などの動く部分が無く動作音が無いオーディオは世界初「音を記録再生できるICを搭載の装置」世界初「ICメモリ式オーディオ」でもあり、ICメモリ式オーディオ以外のオーディオはオルゴールメモリ式オーディオもレコードメモリ式オーディオもワイヤーメモリ式オーディオ(ワイヤーレコーダー)もテープメモリ式オーディオもフロッピーディスクメモリ式オーディオも光ディスクメモリ式オーディオもハードディスクメモリ式オーディオも全て動く部分が有るオーディオで何かが動くことで記録や再生を行う装置です。昭和51年シチズンCRYSTRONーLCは世界初「アラームデジタル時計」世界初「アラームデジタル腕時計」世界初「電子音目覚まし時計」世界初「電子音目覚まし腕時計」シチズン初「液晶式時計(デジタル式時計)」シチズン初「デジタル式腕時計」でもあり、デジタル式時計の歴史は置時計や掛時計から出発したのではなく置時計や掛時計よりも薄くて小さい時計の腕時計から出発し、アラームデジタル式時計の歴史と電子音(IC音)目覚まし時計の歴史も腕時計から出発しました。音を記録再生できるICは日本人の発明ですが、記録再生できるICとICは日本人の発明ではありません。しかし、このような「全て日本人の発明ではない」「全く新しい技術を発明ではなく従来の技術を応用した新しい技術」においては「新技術への嫉妬を和らげることができる」「あの国の人はできなかったが日本人はできたという二重の評価も生じる」のです。世界初ICメモリは昭和45年1970年10月登場「ROM(ReadOnlyMemory)」です。しかし、ROMはメモリですからメモリ(記録)ができるにはできますが「(ROMを搭載の)装置使用者は記録ができなく装置使用者は装置製造時に装置製造者が記録したものを再生だけできる再生専用(読み取り専用)のメモリ」で、翌月の昭和45年11月に装置使用者も記録も(再生も)できるICメモリ「RAM(RandomAccessMemory)」登場。しかし、RAMは「(RAMを搭載の)装置が電気伝搬時(電源が入っている時)は記録が揮発しないが装置を電気非伝搬にしたら記録が揮発し記録が残らない揮発性メモリ」です。ROMは不揮発性メモリだが装置使用者は記録ができない。逆に、RAMは揮発性メモリだが装置使用者も記録もできる。当然、人類は「ROMの不揮発性(装置を電気非伝搬にしても記録が残る)という利点とRAMの装置使用者も記録もできるという利点を合わせたICメモリ」を研究、今では当たり前のこのようなICメモリを発明(世界で初めて創造)したのは日本人でした。このようなICメモリは「不揮発性RAM(または装置使用者も記録もできるROM)」と言えますが、世界初不揮発性RAMがフラッシュメモリです。フラッシュメモリは日本人の舛岡富士雄が田中久重東芝の技術者だった昭和55年1980年に発明。しかし、不揮発性RAMの製品化はフラッシュメモリよりもSRAM(StaticRandomAccessMemory)の方が先でした。世界初不揮発性RAMは昭和63年1988年登場のカメラ「富士フイルムFUJIXーDSー1P」に使うカード形ICメモリで、DSー1Pに使うカード形ICメモリは世界初「カード形ICメモリ」世界初「ICカード」世界初「カード形SRAM」世界初「写真を記録再生できるIC」で、FUJIXーDSー1Pは世界初「カード式撮影機」世界初「ICメモリ式撮影機(ICメモリ式写真記録再生装置)」世界初「ICカード式記録再生装置」世界初「ICカード式写真記録再生装置」世界初「SRAM式記録再生装置」世界初「SRAM式写真記録再生装置」ですが、世界初記録もでき記録が残るICメモリはフラッシュメモリですから、このSRAMはフラッシュメモリを応用したと思います。世界初フラッシュメモリは平成5年1993年登場のカメラ「富士フイルムFUJIXーDSー200F」に使うカード形ICメモリFUJIXーIMー16Fです。FUJIXーIMー16Fは世界初「カード形フラッシュメモリ」世界初「写真を記録再生できるフラッシュメモリ」でもあり、FUJIXーDSー200Fは世界初「フラッシュメモリ式記録再生装置」世界初「フラッシュメモリ式撮影機」世界初「カードフラッシュメモリ式記録再生装置」世界初「カードフラッシュメモリ式写真記録再生装置」です。日本人は「RAMの不揮発性化→不揮発性RAMのカード化→フラッシュメモリのカード化」をしました。フラッシュメモリ(記録もでき記録が残るICメモリ)登場以前から記録もでき記録が残るメモリはあり、テープメモリとフロッピーディスクメモリが記録もでき記録が残るICメモリ登場以前の記録もでき記録が残るメモリですが、フロッピーディスクはテープをディスクの形にしたものですから、フロッピーディスクメモリもテープメモリと同じく「瞬間移動などの瞬間操作ができない」「実装メモリではないから実装メモリのICメモリよりも小形にできない」「記録や再生を繰り返すとメモリとメモリしたものが劣化」「振動に影響」という問題点がありましたが、フラッシュメモリが無くテープメモリとフロッピーディスクメモリだけの時代は問題点という思いはあっても解決点という思いはありませんでした。「2曲目の次は3曲目ではなく8曲目を聴きたいという願いも願った瞬間に叶うものではない」「使ったら劣化していくのは当たり前」という思いしかありませんでした。しかし、ディスクはテープよりも「薄いから保管や運搬に便利」「強くて定着性が高い」ということでフラッシュメモリ登場以前はフロッピーディスクメモリも活躍。世界初カード形SRAMと世界初カード形フラッシュメモリ(FUJIXーIMー16F)は大きさも容量も同じ2MB(メガビット)です。しかし、SRAMよりもフラッシュメモリの方が大容量、だから、世界初カード形SRAMは写真を最大10枚記録、しかし、世界初カード形フラッシュメモリは写真を最大40枚記録できます。昭和52年に服部金太郎精工舎もICメモリ式オーディオ「精工舎A159アラームデジタル式腕時計」を創造、精工舎A159は精工舎初「アラームデジタル式時計」精工舎初「アラームデジタル式腕時計」精工舎初「電子音目覚まし時計」精工舎初「電子音目覚まし腕時計」でもあり、初期の精工舎のアラームデジタル式腕時計は時計正面にスピーカー放音口がついてます。腕時計のアラーム音(目覚まし音)を出すスピーカーは腕時計という薄くて小さい装置に搭載できる圧電スピーカーという釦形で小形のスピーカーで、普通はスピーカーはCD再生装置(CDプレーヤー)などの音の発生源がないとスピーカー単体では音を出すことができないですが、圧電スピーカーは圧電ブザーや圧電発音部品とも言い、圧電スピーカーは単体でも音を出すことができますが、単体ではデジタル腕時計のアラーム音のピピッという音やピピッピピッという反復音は出すことができなく、もちろん単体では人の声も出すことができなく、このような音声を出している圧電スピーカーは音の発生源が圧電スピーカーではありません。昭和53年登場の音を記録再生できるIC「服部金太郎精工舎SVM7910メロディIC」は音だけではなく音楽(メロディ)も記録再生できるようにしたり1種類の音や音楽だけではなく3種類の音や音楽も記録再生できるように、従来の音を記録再生できるIC(昭和51年シチズンCRYSTRONーLCや精工舎A159に搭載の音を記録再生できるICなど)の容量を増やした音を記録再生できるICで、世界初メロディICを搭載の装置は昭和53年登場のアラームアナログ置時計「精工舎電子メロディア」です。世界初メロディICを搭載の装置は世界初「目覚まし音を(3種類から)選択できる目覚まし時計」世界初「オルゴールも鐘も搭載していない目覚まし置時計」世界初「電子音目覚まし置時計」でもあります。精工舎は電子メロディア創造以前から単にメロディアという名称の置時計で電子ではないメロディアを創造、電子ではないメロディアの目覚まし音はICメモリの音(電子音)ではないことはもちろん鐘の音でもなくオルゴールの音(機械音)でしたが、電子メロディアは大人気で電子メロディア登場後すぐに目覚まし音は電子音が当たり前になったからでしょうか、電子メロディアも電子と表記していたのは初期の機種だけだったようです。「精工舎SVM7910メロディIC」「精工舎電子メロディア」の写真は日本父祖発明意匠では2020年12月25日「キリストと日本人から全ての人たちへのクリスマスプレゼントは苦労が無い世界」で掲載しています。「キリストと日本人から全ての人たちへのクリスマスプレゼントは苦労が無い世界」はどこにあるのかと探さなくても日本父祖発明意匠の検索欄に「苦労が無い」とだけ入力し実行釦を押した瞬間に見ることができます。面白いですね。夢の世界ですね。時空という概念がない新しい世界です。新しい技術の創造=新しい世界の創造なのです。昔はどうだったでしょうか。見たい(読みたい)書物はどこにあるのか探し、書物のある所に行き、どこの頁にあるのか探す。しかし、今はこの工程がポータブル装置なら家にいる時だけではなくいつでもどこでも一瞬です。しかし、日本人はこの一瞬を実現までたくさんの苦労をしましたしたくさんの時間を費やしたのです。日本人は「光ディスク」「フラッシュメモリ」という新しい技術を創造により「瞬間移動」「使っても使っても変化しない(録っても録っても聴いても聴いても音が劣化しないなど)」「何も交換しなくても何も装着しなくても(メモリを交換しなくてもメモリを装着しなくても)無限のように記録再生できる」という誰も思考したことがない新しい世界を創造したのです。世界初CDプレーヤー登場以前に「もっと小さいポータブルオーディオがあったら便利だろう」ということは思考したと思いますが「テープを早送りしなくてもレコードのトーンアームを移動しなくても選曲釦を押した瞬間に選曲した曲が出たら便利だろう」ということは思考したことがないと思います。たとえ思考したとしても作ることのできる人はほとんどいないのです。このような奇跡の製品を僕たちは使っているのです。このような奇跡の世界で僕たちは生きているのです。日本父祖発明意匠の検索欄は全ての頁の右上もしくは一番下にあります。電子式時計(デジタル式時計(液晶式時計))は機械式時計(アナログ式時計)と違い歯車がないので時間用歯車と連動してアラーム音を鳴らすことができないので電子式メモリで鳴らさないとならないことから日本人は音を記録再生できるIC(電子式メモリ)を発明しました。 機械式メモリはオルゴールメモリです。世界初音を記録再生できるIC登場の昭和51年1976年以前は精工舎メロディアのようなオルゴールを搭載の機械式置時計だけではなくオルゴールを搭載の機械式腕時計もあり、オルゴールを搭載の機械式腕時計はスイス人の時計会社「REUGE」「BOEGLI」が製造、オルゴールを搭載の機械式置時計はアラームとしてオルゴールを使用ですが、オルゴールを搭載の機械式腕時計はアラームとしてではなく音楽を聴くものとしてオルゴールを使用だったようです。しかし、オルゴール技術も日本人が世界一で、実用クォーツ時計を生んだ世界一の時計技術の地「長野県諏訪市」で世界の90%のオルゴールを製造していた時もあり、諏訪市にある日本人のオルゴール会社は世界初SDカードオルゴール「プリモトーン」創造、日本人は電子も機械も世界一です。テープメモリも電子式メモリで、テープメモリ式装置(テープレコーダー)は電子式装置でも機械式装置でも半電子式装置でも半機械式装置でもあり、音などの記録を出力できるメモリは全て電子式メモリですが、平成4年1992年登場の世界最小テープメモリ「井深大盛田昭夫ソニーデジタルマイクロカセット」は腕時計に内蔵できるとしても、テープメモリはICメモリような実装メモリではないので、メモリと電源以外にもモーターやテープヘッドやテープリール軸などもあるため、平成4年の世界最小という世界最高のテープメモリの技術でも腕時計には応用できません。昭和51年以前は音声記録再生ICはありませんでしたが、腕時計に内蔵できる薄くて小さいICはあり、世界初ICを搭載の腕時計は昭和44年登場のクオーツアナログ腕時計「服部金太郎精工舎35SQクォーツアストロン」で、精工舎35SQのIC(集積回路)は分周回路 (IC分周器)です。分周器は日本人の古賀逸策が昭和元年に発明、初期の分周器はICではなく、精工舎35SQのIC分周器は世界初IC分周器だと思います。精工舎35SQは世界初「クォーツ腕時計」世界初「クォーツアナログ腕時計」でもあり、クォーツ装置の分周器はクォーツ (水晶)の「32768回/秒」の振動(周波)を「1回/秒」に分けて変える為にあります。水晶の振動量は永遠に32768回/秒、次の1秒は32767回になったりしません。クォーツ時計はこの正確な振動で正確な時間を表示の時計です。今の時計は全てクォーツ式時計です。今、世界最高精度時計は日本人の香取秀俊が平成15年に発明した光格子時計です。日本人は昭和20年にとても苦労しましたが、日本人は時計の分野におきましても世界征服しました。この征服は精度のいい時計などにより世界の人たちが幸せになる征服です。精工舎A159の「音再生ICメモリ」「IC分周器」「圧電スピーカー」の写真は「日本父祖発明意匠2021年1月5日電子音目覚まし時計も日本人の発明」で掲載しています。「日本父祖発明意匠2021年1月5日電子音目覚まし時計も日本人の発明」では世界初電子音目覚まし時計(世界初ICメモリ式オーディオ)は精工舎A159と記載しましたが、正しくは昭和51年シチズンCRYSTRONーLCで、近々修正予定です。世界初「ポータブルクォーツ時計」世界初「電池式クォーツ時計」世界初「実用クォーツ時計」は世界初クォーツ腕時計ではなく世界初クォーツ置時計です。世界初クォーツ置時計は世界初クォーツ腕時計登場の6年前の昭和38年登場「服部金太郎精工舎QC951クリスタルクロノメーター」で、置時計は携帯性のないポータブル装置です。日本人は世界初クォーツ置時計登場の5年後の昭和43年に世界初クォーツ掛時計「服部金太郎精工舎スパイラルクリスタル」や昭和51年に世界初クォーツアナログアラーム置時計も創造。クォーツ時計は時間を正確に表示できる精度がいい時計ですが、クォーツ時計はICを使うためアナログクォーツ時計も電池を使い、アナログ時計も全く自動ではありませんが、アナログ時計の動力であるぜんまいを巻くことはどこでもできますが、アナログクォーツ時計という半電子式時計やデジタルクォーツ時計という電子式時計の動力である電気の電池はどこでも売っているわけではないという問題点が発生しましたが、日本人は自動時計という「ぜんまいを巻くことも電池もなくていい時計」も発明。世界初自動時計は昭和51年登場のクオーツアナログ腕時計「山崎亀吉シチズンクリストロンソーラーセル」です。昭和51年シチズンクリストロンソーラーセルは世界初「太陽電池時計」世界初「光発電式自動時計」当時世界最小「太陽電池装置」当時世界最小「充電池装置」でもあります。日本人は光発電式自動時計だけではなく振動発電式自動時計も発明。世界初の振動発電式自動時計は昭和63年登場「服部金太郎精工舎オートクォーツ腕時計」です。自動時計というもう1つの理想の時計は「クォーツ時計は精度がいいが電池を使うし時計の電池はどこでも売っていない」という問題点により実現しました。しかし、世界初クォーツ置時計は電池持続期間1年でしたし、世界初クォーツ腕時計も電池持続期間1年でしたから、電池の問題は最初から解決していたと言えますが、そうでも、またもっといいものを夢みてまた前進してまた実現した素晴らしい日本人の男たちの歴史がここにおいてもあります。世界初音を記録再生できるICなどの初期の音を記録再生できるICはROMと同じく記録ができない再生専用のメモリで、当然、初期の音を記録再生できるICを搭載の装置(初期のICメモリ式オーディオ)も記録(録音)ができない再生専用の装置で、今もほとんどのアラームデジタル腕時計は時計(装置)使用者は記録ができなく時計製造時に時計製造者が録音したアラーム音の再生だけできる再生専用の装置ですが、日本人は装置使用者が記録もできる音を記録再生できるICと装置使用者が記録もできるICメモリ式オーディオも発明、世界初装置使用者が記録もできるICメモリ式オーディオは昭和58年登場のアラームデジタル腕時計「服部金太郎精工舎ボイスノート」です。精工舎ボイスノートは世界初「腕時計レコーダー」世界初「ICレコーダー」当時世界最小「レコーダー」世界最小「スピーカー搭載レコーダー」世界初「装置使用者が記録もできる音を記録再生できるICを搭載の装置」でもあります。日本人の発明と意匠は精工舎ボイスノート1つを見ましても本当に素晴らしく世界最高です。世界初不揮発性RAM(世界初フラッシュメモリ)の登場は精工舎ボイスノート登場の翌年の昭和59年ですから、精工舎ボイスノートに搭載の世界初装置使用者が記録もできる音を記録再生できるICも「記録もできるが揮発性のICメモリ」で、精工舎ボイスノートも電気非伝搬にしたら記録が揮発し記録が残らない装置だと思いますが、デジタル時計などの電気使用時計は電気使用装置でも電源釦が無く電気非伝搬にしない装置です。今のオーディオは光ディスクメモリ式オーディオ以外は全てポータブルオーディオもICメモリ式オーディオ、ICメモリ式オーディオの原点は精工舎ボイスノート、精工舎ボイスノートの原点は昭和51年シチズンCRYSTRONーLCアラームデジタル式(液晶式)腕時計、液晶式時計の原点は液晶、人類第3の薄形ディスプレイ「有機ELディスプレイ」の原点も液晶、有機ELディスプレイは液晶をディスプレイにした技術で有機ELをディスプレイにしたもの、ディスプレイの分野におきましても液晶に辿り着きます。世界初液晶は昭和46年登場の電卓「小島和三郎日本計算器BUSICOMーHANDYーLC」の表示部分で、世界初液晶は世界初「液晶分子」世界初「人工分子」でもあります。日本人は液晶創造で分子原子の世界も創造したのです。分子と電子の違いは「電子は目に見えなく非物体」ですが「分子は目に見えないが物体」などです。世界初液晶は世界初「非発光表示体(非発光ディスプレイ)」当時世界最薄「表示体」でもあります。液晶と電子ペーパー以外の表示体はブラウン管もニキシー管も蛍光表示管もエルフィン管も有機ELもプラズマディスプレイも全て発光表示体で、電子ペーパーも日本人の発明、電子ペーパーは日本人の太田勲夫が松下幸之助電器の技術者だった時に発明しました。

しかし、精工舎ボイスノートは内蔵メモリに音を8秒しか記録できない。精工舎ボイスノートのICメモリの容量は8秒。たったの8秒。富士フイルムFUJIXーDSー1Pは1枚の装着メモリ(カード形メモリ)に写真を10枚しか記録できない。富士フイルムFUJIXーDSー1PのICメモリの容量は10枚。たったの10枚。しかし、ここから出発したのです。8秒から出発したのです。10枚から出発したのです。今の完成したメモリの世界が。指先より小さいのに何時間も何枚も記録再生できる小容積だけど大容量のメモリの世界が。今のICメモリ(記録もでき記録が残るICメモリ)とその装置も日本人しか作ることができなかったのです。世界には190も国と人種があっても日本人しか作ることができなかったのです。昭和51年シチズンCRYSTRONーLCのICメモリはもっと容量が小さかったのです。ピピッという1秒位だったのです。 デジタル時計のアラーム音などのピピッピピッという音は「ピピッという短い音を瞬間に繰り返している」のです。テープメモリ式オーディオだとこの位の短い音でも「テープの回転を止めテープヘッドを動かしテープヘッドとテープを分離しテープを逆回転しテープを巻き戻しまたテープの回転を止めまたテープヘッドを動かしテープヘッドとテープを合体しテープを回転し再生」ですから瞬間に繰り返すことはできません。小容量で音を少ししか記録できなく音を少ししか再生できなくても、瞬間に繰り返すなら、まるで大容量のように音を長く再生でき音を電池の電気が続くまで永遠のように再生できます。世界初音を記録再生できるICとその装置は世界初「瞬間移動」でもあります。ICメモリ式オーディオは動く部分(部品)が無く何かが動くことで記録や再生を行うオーディオではない(何かを動かさないと記録や再生ができないオーディオではない)から「選曲釦を押した瞬間に選曲した曲に移動」「動作音がない」「装置が揺れている時でも(装置を揺らしている時でも)音や映像が変化しない(音や映像が揺れない飛ばないなど)」「記録や再生を繰り返してもメモリとメモリしたものが変化しない(劣化しない)」「低電力」「修理がほとんどない」ですし、今のウォークマンはみんなICメモリ式オーディオ(フラッシュメモリ式オーディオ)ですから、手のひらに収まる大きさで4分の曲を(容量16GBの機種なら)1800曲も記録でき、1曲目から400曲目への移動時間は0秒、選曲釦を押した瞬間に400曲目に移動します。この世界は「時空(時間や空間)という概念がない世界」「全く新しい世界」です。光ディスクメモリ式オーディオも速いですが、光ディスクメモリ式オーディオはレーザーピックアップが動くことで記録や再生(記録の読み取り)を行うオーディオですから、他の曲(他の箇所)への移動時間は0秒ではありませんが、光ディスクメモリ式オーディオはレコードメモリ式オーディオと違いレーザーという光という非物体で記録や再生を行うため、記録や再生の際に「メモリ(ディスク)」と「メモリに記録したりメモリの記録を再生(読み取る)部分(レーザーピックアップ)」が合体しないので、記録再生部分の移動は水平移動(左右移動)だけで垂直移動(上下移動)は無いですしディスクの半径が6cmと短いですから、他の曲への移動時間は2秒か3秒ですが、レコードメモリ式オーディオとテープメモリ式オーディオはもっと長いですから、光ディスクメモリ式オーディオもほとんど瞬間移動です。400曲も記録できるカセットテープを作ったとしたら大きくて携帯できないですし、テープメモリ式オーディオだと1曲目から400曲目への移動時間はどの位かはテープメモリ式の時代を生きた人なら大体わかるでしょう。また、レコードメモリ式オーディオは全ての機種が自動選曲できる機種(釦を押すだけで選曲できる機種)ではなく、自動選曲できない機種は手動あるいは人間の勘でディスクの曲と曲の間の無音部分に記録再生部分(レコード針)を合体、しかし、この部分は細いので合わせるのが大変で瞬間にはできなく、自動の機種もこの合わせる水平移動も垂直移動も速い動きではありません。ということは、人間よりも機械の方が優秀なのでしょうか。いいえ、人間よりも優秀な機械は人間が作ったのです。レコードメモリ式オーディオとテープメモリ式オーディオは装置が揺れていない時でも音や映像が揺れてしまう(変化してしまう)装置です。「井深大盛田昭夫ソニーWMーD6」などのクォーツロックキャプスタンサーボ機構(水晶の正確な振動で正確な回転による揺れない正確な音を記録や再生の機構)のような機構を搭載のオーディオはある程度は変化が少ないと思いますし、レコードメモリ式オーディオは動作音はほとんどないですが、レコードメモリ式オーディオとテープメモリ式オーディオはレコード針やテープヘッドという物体で記録や再生を行うため、記録や再生の際に「メモリ(ディスクやテープ)」と「メモリに記録したりメモリの記録を読み取る部分(レコード針やテープヘッド)」が合体しますので、記録や再生を繰り返すとメモリとメモリしたものが変化しますし、電池の電気で記録再生の際は電池の電気量に影響してしまう装置(電池の電気量が減るとディスクまたはテープの回転量も減ってしまう装置)で、レコードメモリ式オーディオとテープメモリ式オーディオは本来の音を再現できない装置、当然、 β式ビデオやVHS式ビデオなどのテープメモリ式ビデオも本来の音と映像を再現できない装置でした。光ディスク式オーディオとICメモリ式オーディオは電池の電気で記録再生の際も電池の電気量に影響しない装置です。光ディスクメモリ式装置は世界初「装置が揺れていない時は音や映像が揺れない装置」世界初「記録や再生を繰り返してもメモリとメモリしたものが変化しない(劣化しない)装置」です。CDやブルーレイなどの光ディスク(光ディスクメモリとその装置)は昭和14年誕生の日本人の米沢成二が小平浪平日立の技術者だった時に発明しました。光ディスクの心臓部のレーザーも日本人の西澤潤一が発明しました。しかし、光ディスクの歴史を調べると「光ディスクメモリ式装置はオーディオよりもビデオの方が先で世界初光ディスクメモリ式ビデオは日本人の会社が創造したのではない」ことがわかりますし「光ディスク発明者と検索しても米沢成二と出て来ない」ことがほとんどですが、このように、まるで光ディスクは日本人の発明ではないようなことをしている理由は、嫉妬防止の為とこの防止によるよりたくさんの世界進出の為としか思えないのは僕だけではないと思いますし、言うまでもなく、光ディスクメモリ式ビデオも光ディスクとレーザーの技術が無いとできないですし、初期の光ディスクは直径30cmもありましたが、直径12cmのオーディオ用光ディスク(CD)と直径12cmのビデオ用光ディスク(DVD)を創造したのは日本人の会社ですし、初期の光ディスクメモリ式装置は装置使用者は記録(録画や録音)ができない再生専用装置でしたが、装置使用者が録音もできる光ディスクメモリ式オーディオ(MD)と装置使用者が録画もできる光ディスクメモリ式ビデオを創造したのも日本人の会社ですし、日本人の会社の日立は世界初CD式光ディスクメモリ式オーディオ(世界初CDプレーヤー)創造以前から光ディスクの技術を外国人の会社に提供したと日立も公表しています。世界初CD式光ディスクメモリ式オーディオは昭和57年1982年登場「小平浪平日立DADー1000」「坪田耕一デンオンDCDー2000」「井深大盛田昭夫ソニーCDPー101」の3機種でこの3機種は世界初「光ディスクメモリ式オーディオ」世界初「光ディスクメモリ式オーディオデッキ」でもあります。世界初DVD式光ディスクメモリ式ビデオは平成8年1996年登場「田中久重東芝SDー3000ビデオデッキ」です。世界初録音もできる光ディスクメモリ式オーディオは平成4年1992年登場「井深大盛田昭夫ソニーMZー1(MD式光ディスクメモリ式ポータブルオーディオ)」です。世界初録画もできる光ディスクメモリ式ビデオは平成8年登場「岩垂邦彦日本電気NECーMVー10000(MVDISC式光ディスクメモリ式ビデオデッキ)」です。光ディスクメモリ式ビデオはブルーレイ式に進化、しかし、ほとんどのブルーレイ式光ディスクメモリ式ビデオはDVD式とCD式も再生でき、ブルーレイ式光ディスクメモリ式ビデオは世界初ブルーレイ式光ディスクメモリ式ビデオ「平成15年登場井深大盛田昭夫ソニーBDZーS77ビデオデッキ」から録画もできる装置ですが、逆に、最近は再生専用のブルーレイ式装置もあります。世界初の方式(世界初の規格)のオーディオやビデオは非ポータブル装置(デッキ)ではなくポータブル装置(カメラ)の場合もあり、世界初8ミリビデオ式テープ式ビデオ「昭和60年1985年登場井深大盛田昭夫ソニーCCDーV8」はポータブル装置(カメラ)ですし、世界初家庭用デジタルビデオ「平成7年登場井深大盛田昭夫ソニーDCRーVX1000(miniDV式テープメモリ式ビデオ)」もポータブル装置(カメラ)ですし、世界初MD式光ディスクメモリ式オーディオでもあるソニーMZー1もポータブル装置です。昔は光ディスクメモリ式のビデオカメラも有りましたが今は無く、今のビデオカメラはフラッシュメモリ式と書いてなくても全てフラッシュメモリ式です。液晶(液晶表示体とその装置)は日本人の会社の小島和三郎日本計算器ビジコンが発明し創造しました。世界初液晶式装置は昭和46年1971年登場「小島和三郎日本計算器ビジコンHANDYーLCポータブル電卓」です。ビジコンHANDYーLCは世界初「液晶式電卓」でもあります。しかし、液晶式時計(デジタル式時計)の歴史を調べると「世界初液晶式時計は日本人の会社が創造したのではない」ことがわかりますし『世界初液晶式時計は昭和47年にスイス人の会社が創造した「AVIAーSGTーLCDである』こともわかりますが、言うまでもなく、液晶式時計も液晶の技術が無いとできないですし、日本人は世界2番目の液晶式時計を世界初秒も表示できる液晶式時計として創ってみせました。世界2番目の液晶式時計で世界初秒も表示できる液晶式時計は昭和48年登場「服部金太郎精工舎06LC」です。日本人は「デジタル録音再生装置」「デジタル録画再生装置」も発明し、夢の「無ノイズ音再生装置」夢の「無ノイズ映像再生装置」も実現しました。デジタル録音再生機構とその装置が登場まではどんなに高級なレコードプレーヤーやテープレコーダーでもノイズ低減機構でもノイズを無くすことはできませんでした。本来、音や映像(見ているもの)にはノイズが無いので、デジタルの音や映像は「新しい音や映像や加工した音や映像ではなく本来の音や映像で本来に戻した音や映像」と言えます。世界初デジタル録音再生装置は昭和47年1972年登場のオープンリールテープメモリ式ビデオ「坪田耕一デンオンDNー023R」ですが、DNー023Rは業務用で家庭用ではなく、世界初家庭用デジタル録音再生装置は昭和53年登場「井深大盛田昭夫ソニーPCMー1」ですが、ソニーPCMー1はデジタルレコーダーではなくデジタルプロセッサ(PCMプロセッサ)で単体では録音再生できなくテープメモリ式ビデオと一体により録音再生できる装置で、世界初単体で録音再生できる家庭用デジタル録音再生装置(世界初PCMプロセッサとテープメモリ式ビデオが一体の家庭用デジタル録音再生装置)は昭和57年登場のVHS式テープメモリ式ビデオ「小平浪平日立PCMーV300」「松下幸之助テクニクスSVーP100」です。この2機種のメモリとDNー023Rのメモリは映像も記録再生できるメモリ(ビデオテープ)で、この3機種のメモリ機構は映像も記録再生できる機構(ビデオレコーダー)を応用したものですが、この3機種は録音再生装置と書いたように映像の記録(録画)と映像の再生はできません。映像は記録再生できないのに映像も記録再生できるものを応用した理由は、オーディオは音だけ、ビデオは音だけではなく映像もある、だから、ビデオはオーディオの2倍の容量、ではなく、映像は音よりも何倍も大容量、デジタルはアナログよりも何倍も大容量、だからです。この3機種はメモリが大きく、メモリが大きいなら当然その装置も大きく、日立のとテクニクスのは標準コンボサイズ(幅43cm前後)ですが高さがとても高く、値段もとても高いですが、ここから日本人はポータブルオーディオというアンプやスピーカーを内蔵でポケットにも入るデジタルオーディオも創造していきます。レコードメモリは記録ができない再生専用メモリではなく、昔はレコードメモリ式記録再生装置「円盤録音機」もあり、日本初円盤録音機は昭和14年1939年登場「坪田耕一デンオンTPRー14ーC」ですが、レコードメモリ式記録再生装置はレコード針でレコードを刻んで録音の為1回しか録音できなく、後に、日本人の武井武と日本人の加藤与五郎がフェライトという粉磁石を発明によりテープという薄いものに磁石を付着できるようになりテープメモリという磁気メモリとその装置が登場、テープメモリ式記録再生装置はテープヘッドでテープをなぞって記録の為何回も記録でき音もテープメモリの方がいいということで、テープメモリ式記録再生装置(テープレコーダー)を知っている人は多くても円盤録音機(レコードレコーダー)を知っている人はほとんどいません。インターネットで音楽を聴いてて「いい音だな」と思っても、CDプレーヤーで聴くともっといい音です。なぜなら、インターネットの音はフラッシュメモリの音だからです。フラッシュメモリのCDの音よりもCDプレーヤーのCDの音の方が高音質であることはポータブルCDプレーヤー「田中久重東芝TYーP3」も証明しています。東芝TYーP3には「EPS機能を使用しない方が高音質」という説明がありますが、この説明は「フラッシュメモリのCDの音よりもCDプレーヤーのCDの音の方が高音質」と言い変えることができ、EPS機能を使用しないとは「フラッシュメモリに溜めた(記録した)CDの音を聴くではなくCDプレーヤーのCDの音を直に聴く」ということで、フラッシュメモリは光ディスクと違い振動の影響がなく音が飛ばないのでポータブルCDプレーヤーの音飛び修正機構としても活躍、この機構(機能)の名称が東芝ではEPS機能で、この機能は「CD再生時にCDの音を少しフラッシュメモリに溜めて(記録して)音が飛ばないフラッシュメモリの音を聴く機能」です。しかし、全てのCDプレーヤーの音飛び修正機構がフラッシュメモリを応用しているのではなく、唯一だと思いますがソニーのGーPROTECTIONという機構はフラッシュメモリ不使用です。しかし、今はGーPROTECTIONを搭載の装置はないと思います。CDは直径12cmだからCDのウォークマンも登場だろうという期待が段々高まる早くも世界初CDプレーヤー登場の2年後の昭和59年1984年に世界初ポータブルCDプレーヤー「井深大盛田昭夫ソニーDー50」登場。しかし、世界初ポータブルCDプレーヤーはソニー製ですが「本体に電池を装着できなく電池箱を本体に装着し電池を装着だが電池箱を装着時(外で聴く時)は本体がジャケットサイズではない」「装置が揺れると音が飛ぶ問題点を解決してない」からでしょうか、ウォークマンという名称はなく他の名称もありませんでした。後に、ソニーはCDのウォークマンをディスクマンと命名、世界初ディスクマンは昭和60年登場のソニーポータブルCDプレーヤー第2号「Dー50Mk2」です。Dー50Mk2も「本体に電池を装着できない」「装置が揺れると音が飛ぶ」問題点を解決していませんでしたが「電池箱を装着時は本体がジャケットサイズではない」問題点は解決、電池箱は本体の横ではなく本体の下に装着だから電池箱を装着時も本体はジャケットサイズ、更に、本体も電池箱もDー50より薄くしたから電池箱を本体の下に装着しても薄さはDー50とほとんど変わらない、ということで、ディスクマンという名称を付けたと思います。Dー50Mk2の電池箱の薄さは何mmかわからないですが、Dー50Mk2の電池箱は単3形電池8本使用だが横に並べて使用、だから、Dー50Mk2の電池箱の薄さは単3形電池直径より少し厚い程度、単3形電池直径(厚さ)14.5mm、だから、Dー50Mk2の電池箱の薄さは17.0mmだとして、本体27.0mm+電池箱17.0mm=44.0mm、Dー50の本体の薄さ36.9mm、44.0mm-36.9mm=07.1mm、ということで、電池箱装着時Dー50Mk2はDー50よりも07.1mm厚いだけです。もちろん、日本人はもっともっとポータブルCDプレーヤーとポータブルMDプレーヤーも薄くしていき、平成16年2004年登場の世界最薄ポータブルCDプレーヤー「ソニーDーNE20」の薄さはなんと本体に電池を装着できて13.1mm、平成14年登場の世界最薄ポータブルMDプレーヤー「ソニーMZーE10」の薄さはなんと本体に電池を装着できて09.9mm、世界最薄ポータブルMDプレーヤーはもう1つあり、もう1つの世界最薄ポータブルMDプレーヤーは平成16年登場「松下幸之助パナソニックSJーMJ97」で、パナソニックSJーMJ97は、薄さはソニーMZーE10よりも00.3mm大きいですが、長い辺の大きさ(ソニーMZーE10は意匠から横の大きさでパナソニックSJーMJ97は意匠から縦の大きさ)はソニーMZーE10よりも04.5mm小さい77.4mm、短い辺の大きさもソニーMZーE10よりも01.5mm小さい70.7mm、写真で見てもなんとなく縦と横はパナソニックSJーMJ97の方が小さいことがわかります。このような記録は永遠に残り、このような日本人の技術は永遠に日本人の誇りであり、このような技術は永遠に色々な分野において参考になるのです。DーNE20の写真は日本父祖発明意匠では「2021年11月1日ポータブルCDプレーヤーも日本人の発明」で掲載、MZーE10の写真は日本父祖発明意匠では「2021年3月12日日本人は技術だけではなく意匠も世界一」で掲載しています。MZーE10は動作音も音飛びも音揺れもディスク窓もないですし薄いので「フラッシュメモリ式オーディオのような装置」「モーターやディスクやピックアップが動いていることが信じられない装置」です。MZーE10とSJーMJ97は再生専用の光ディスクメモリ式装置、世界最薄録音もできる光ディスクメモリ式装置はMZーE10と同時に登場のソニーMZーN10で、MZーE10とMZーN10はGーPROTECTIONを搭載しています。MZーN10とDー50Mk2は本体正面の「右側が丸い長方形」あるいは「左側が丸くない長円形」の意匠が同じで、この意匠は「中央の丸い回転部分とディスク読み取り部分の直線移動」を表現したと思いますが、後に、MZーN10のこの意匠の部分の形と大きさのウォークマン「NWーE507」やMZーN10のリモコンの形と大きさのウォークマン「NWーS203F」が平成18年に登場。MZーN10はリモコンの意匠もとてもかっこよく、この当時の光ディスク式ウォークマンのリモコンの意匠はみんなMZーN10のリモコンのようなスティック形の意匠で、将来このリモコンの形と大きさのウォークマンが登場しリモコンだけで音楽を聴くことができるようになることは想像しませんでした。NWーE507とNWーS203Fはフラッシュメモリ式ウォークマンです。Dー50Mk2登場前から記録再生ICはあった、Dー50Mk2登場の1年前の昭和59年1984年に日本人の舛岡富士雄が初期のフラッシュメモリのNORフラッシュメモリよりも大容量のNANDフラッシュメモリを発明、しかし、Dー50Mk2は音飛び修正機構を搭載していない、Dー50Mk2は装置が揺れると音が飛ぶ問題点を解決していない、Dー50Mk2登場当時は音飛び修正機構がない、この理由は、Dー50Mk2登場当時は「音飛び修正機構を作ることができるほどの大容量のフラッシュメモリを作る技術が世界のどこにも無かった」もしくは「音飛び修正機構を作ることができるほどの大容量のフラッシュメモリを作る技術は有ったがフラッシュメモリを応用したら光ディスクの音が飛ぶ問題点が解決という発想が無かった」と思います。世界初フラッシュメモリのNORフラッシュメモリを発明したのも舛岡富士雄です。世界初の音楽用としても使用できる(ある程度長時間記録再生できる)ICレコーダーで世界初フラッシュメモリ式オーディオは精工舎ボイスノート登場の13年後でNANDフラッシュメモリ登場の12年後の平成8年1996年登場の「井植歳男三洋電機MRーIC1」です。MRーIC1の録音時間は最大46分、46分は8秒の345倍、容量が345倍になった、日本人はICメモリの容量を345倍にもした、更に、精工舎ボイスノートのICメモリは内蔵メモリでメモリを交換できなく容量は有限、しかし、MRーIC1のICメモリは装着メモリ(カード形メモリ)でメモリを交換できメモリを増やすことができメモリは無限。装着メモリ式は容量は無限ですが何か装着しないと記録再生できない、しかし、内蔵メモリ式は容量は有限ですが何も装着しなくても記録再生できます。今のICメモリ式装置のICメモリはフラッシュメモリでフラッシュメモリは日本人が発明したので日本人の会社のICメモリ式装置はメモリを内蔵もしていてメモリを装着もでき、内蔵メモリはストレージとも言います。MRーIC1は世界初フラッシュメモリ式オーディオですが世界初フラッシュメモリ式装置ではなく、世界初フラッシュメモリ式装置はMRーIC1登場の3年前の平成5年登場のカメラ「富士フイルムFUJIXーDSー200F」で、FUJIXーDSー200Fに使用のフラッシュメモリ「FUJIXーIMー16F」は世界初「カード形フラッシュメモリ」です。FUJIXーDSー200Fは世界初ICメモリ式カメラでも世界初カード式カメラでもなく、FUJIXーIMー16Fは世界初ICカードではありませんが、世界初ICメモリ式カメラと世界初カード式カメラと世界初ICカードも日本人の発明、世界初ICメモリ式カメラで世界初カード式カメラは昭和63年1988年登場「富士フイルムFUJIXーDSー1P」で、FUJIXーDSー1Pに使用のICメモリが世界初ICカードです。動画を記録は写真を記録よりも大容量ですから、まだ世界初フラッシュメモリ式カメラ登場当時はフラッシュメモリ式ビデオカメラは無く、世界初フラッシュメモリ式カメラ登場当時は今のような「撮影機は写真と動画の両方を撮影できる」という概念がありませんでした。今の撮影機は容量の残量表示もあり、撮影していると動画を撮影した時の方が容量が減ることがわかります。日本人はMD式光ディスクも創造、光ディスク式ウォークマンはCD式だけではなくMD式もあるようになった、ということで、ディスクマンはCDウォークマンという名称に変わりましたが、ディスクマンという名称も大人気で、ディスクマンという名称だった時代はみんなポータブルCDプレーヤーのことをディスクマンと言っていました。テープ式記録再生装置の問題点はいくつかありますが「テープ式は電池で記録や再生の際は電池電気量が減っていくとテープ回転量も減っていき(テープ回転速度が遅くなっていき)テープ回転が遅くなると当然音楽の拍子も遅くなり本来の音楽ではなくなる」という問題点もあり、テープ式ウォークマンも音質も意匠も良かったですがこの問題点は、しかし、光ディスク式はこの問題点も解決、光ディスク式は電池で記録や再生の際は電池電気量が減っていくとディスク回転量も減っていくことはありません。将来は岩垂邦彦日本電気NECーT1195のような大画面で薄いパソコンに光ディスク式記録再生装置も搭載できるようになるでしょう。薄さ5.8mmの側面から光ディスクを装着。楽しみですね。T1195登場の翌年の令和4年3月にT1195より大画面で薄いタブレットパソコン「岩垂邦彦日本電気NECーT1295」登場。なんと、T1295は12.6形で5.6mm。5.8mmと5.6mmの差(0.2mmの差)はほとんどわからないだろうと思っていましたが、比較してみたら見ても持ってもほとんどわかりました。しかし、12.6形という大きさはタブレットパソコンでは少し大きく、電池持続時間もT1195の方が長いですし、ダイヤモンドカット意匠は世界唯一と書いたようにT1195だけです。タブレットパソコンはキーボードがない一枚板のノートパソコン、ノートは見るものだけではなく書くものでもある、厚いと書きやすくない、ノートは各分野で分けて使用、だから、ノートは薄さ5.0mm位、正にノート「T1195」「T1295」は大容量メモリのフラッシュメモリ内蔵で1冊のノートに無限のように記録でき鉛筆などがなくても記録でき装着メモリ(SDカード)を装着できるから容量を増やすことができ撮影機を搭載しているから書かなくても撮っても記録でき見たいもの(読みたいもの)を探さなくても検索で一瞬で見ることができ録音も録画もでき時計も電卓もついてる未來のノート。未來のノートは時空という概念がない宇宙のような世界。未來の記録再生装置は時空という概念がない宇宙のような世界。なぜ宇宙はこんなに大きいのでしょう。なぜ日本人の能力はこんなに大きいのでしょう。きっと人間も宇宙という機構の1部品だからでしょう。このような長い文章を書く予定ではありませんでしたが、日本人の発明は1つの発明から無限のように次々と他の発明を思い付いたり他の発明に繋がっていき、またその発明も素晴らしい発明で、同時に意匠も素晴らしく、日本人という人種はとてつもない人種で日本という国はとてつもない国であることを驚くと同時に確信します。

 

 

 

 

    USBーACアダプターは付属品(純正品)を使用しましょう。もし付属のUSBーACアダプターが使用できないようになったら付属のものと同じものを買い同じものを使用しましょう。純正品は少し高いですが。純正品が店に置いてなくて取り寄せる場合、店で取り寄せる場合は日本を応援しているようなブログをやっている日本人は本当の自分の名前と電話番号を絶対に店員に伝えてはいけません。電気屋では色々な種類のUSBーACアダプターが売っていますが、付属のものと違うUSBーACアダプターを使用した場合、電源が入るのが遅くなったり、電源は入るけどコンピューターとして使用できないようになることもあるようです。USBーACアダプターを付属していない製品は、その製品の製造会社がその製品に推奨のUSBーACアダプターは何かを調べてみましょう。ACアダプターはとても大事で本体よりも大事です。

 

    電源ボタンを2回連続で押すとカメラを起動できる装置はこの操作をした際にSDカードの記録が一部あるいは全部消えてしまうことがあるようなので、装置にSDカードを装着してある状態ではこの操作をしないようにしたり、この操作でカメラを起動し撮影したい際は装置にSDカードを装着していない状態にして内蔵メモリに記録しましょう。装置からSDカードを出す際は電源が入っていない状態にしてから出しましょう。装置にSDカードを装着の際はこのような状態にしなくても大丈夫です。大事な記録は二重三重に記録しておきましょう。

 

    メモリも日本人の会社のメモリを買いましょう。私は以前、外国人の会社のメモリで値段も安いメモリを買いこのメモリで録音していたら録音や再生ができないようになったことがありましたが、日本人の会社のメモリを買うようにしてからはこのようなことはありません。外国人の会社のメモリの値札を紙の値札にし値札を少し長くしその下にある日本人の会社のメモリを少し隠し日本人の会社のメモリが売れなくなるようにしているのではと思ってしまう電気店も実際ありました。

 

    日本人の皆さま、コンピューターも日本人の発明で日本人の会社はコンピューター会社も世界一たくさんあるのに今の電気店には外国人のコンピューター会社の専用の売り場はあるのに日本人のコンピューター会社の専用の売り場が無いと思っても完全に無視して下さい。大丈夫です。コンピューターも全てメモリもディスプレイも電池もプロセッサも全部日本人の発明で特許料が発生しているのです。今まで外国人の会社のコンピューターを使っていた人は日本人の会社のコンピューターに変えてみて下さい。日本人の会社のコンピューターは性能がとてもいいと驚くと思います。銀座や渋谷にあるあのコンピュー会社の路面店はいつもお客さんがいても完全に無視して下さい。大丈夫です。あの店にいくらお客さんがいてもあの店の製品もみんな日本人の技術で日本人のものです。あの店にいくらお客さんがいてもあの店のお客さんはほとんど本物のお客さんではありません。友達二人の偽客も本物の友達ではなく夫婦の偽客も本物の夫婦ではなく親子の偽客も本物の親子ではないのです。偽客とは商品や店や人物などが人気があると思わせる為に雇った客あるいは依頼した客です。実はあのコンピュー会社も日本人が運営しているのです。あのコンピュー会社も日本人のものなのです。頭を使って嫉妬防止と世界進出の為にやっているのです。

 

    通販で何かを買う場合、買う実物を見て買うわけではないので、新品を注文したとしても新品ではないようなものが届くことがあったり以前と同じ店で同じ商品を注文したとしても以前と少し違う商品が届くこともあることを前提に買いましょう。また、人がほとんど住んでいない所から注文したり土曜日を含む休日の前日ではない平日に届くように注文しても商品の到着日や到着時間が遅れることもあることも前提に買いましょう。

 

    日本人の会社「いすゞ自動車」は1990年以後は日本での乗用車の製造販売をしていません。いすゞは発展していないのでしょうか。いいえ、とんでもありません。今、いすゞは外国拠点が160もあります。日本の営業所と製造所を含むともっとあります。自動車会社は200円や300円のものを売る会社でしょうか。日本人の自動車会社は世界一拠点が多いだけではありません。自動車のハイブリッド機構もリチウムイオン電池もカメラによる自動運転もカーナビゲーションもエアーバッグもLED照明も日本人の発明です。昔、いすゞの乗用車「ジェミニ」を運転した時、いすゞの車はトヨタの車よりも運転しやすい、いすゞの車は素晴らしい、と思いました。ではなぜいすゞは1990年以後は日本での乗用車の製造販売をしていないのでしょうか。この理由は「嫉妬防止の為」「独占防止の為」でしょう。もう日本人は世界を征服しているのです。インターネットはとてもたくさんの情報がありますが、人間1人個人のことはある程度はわかったり知ることができても全てわかるわけではないですし全て知ることができるわけではありません。同じように、インターネットや報道機関からたくさんの情報の提供があっても全てわかるわけではないですし全て知ることができるわけではないのです。

 

    考えないとならないのは、日本語の文章でその文章を書いた人の名前も日本名だとしても日本人の会社のコンピューター製品よりも外国人の会社のコンピューター製品について多く書いている場合「この人は本当に日本人だろうか」「日本人の会社の製品よりも外国人の会社の製品の方が売れるようにしているのでは」ということ、また「日本にあるあのコンピュー会社の路面店のお客さんは全て本物のお客さんか」「日本人の偽客がいるとしたら本物の日本人か」ということです。

 

 投票の際は立候補者の国籍を必ず戸籍謄本で確かめましょう。立候補者は戸籍謄本を持って選挙活動して下さい。日本人か日本人ではないかを日本国民一人一人に提示できない立候補者は日本で立候補の資格がありません。国会や県議会は国際交流の会ではないので外国人は全く関係ありません。正式な書類で帰化していない本物の日本人かどうかを確めるまでは絶対に投票しないようにしましょう。

 

    日本人の大事な部署や組織や役職に「日本人に似ていて正常な発音の日本語を話し正確な日本語を書き名前も日本名だけど実は外国人」という人が侵入していないか必ず確かめましょう。これは差別ではありません。フィリピンの国会でイギリス人の国会議院が勤務しているでしょうか。ロシアの国会でアメリカ人の国会議院が勤務しているでしょうか。伊勢丹で松坂屋の店員が勤務しているでしょうか。1年2組の教室で1年3組の生徒が学んでいるでしょうか。1年3組の教室で1年2組の生徒が学んでいるでしょうか。あなたは1年3組の生徒だから1年2組の教室で学ぶことはできませんということを差別と言う人がいるでしょうか。自分は好きで1年3組の生徒になったのではないとしても1年3組以外の生徒になることはできないのです。自分は好きで佐藤家に生まれたのではないとしても佐藤家以外の人になることはできないのです。他の学校に転校したら1年3組以外の生徒になることができたり他の家に嫁いだり他の家の養子になったら佐藤家以外の人になることができますが、最初は1年3組の生徒だったということや最初は佐藤家の人だったということは変えることができないのです。

 

    職員採用と職員人事においても必ず国籍を戸籍謄本で確かめましょう。不採用の理由は伝えなくていいことになっています。就職においても本当に本物の日本人が経営しているのか国籍を戸籍謄本で確かめましょう。結婚においても必ず相手の国籍を戸籍謄本で確かめましょう。当分は国際結婚はしないようにしましょう。

 

    日本人の大きい会社は日本人の老舗の後継ぎが「日本人に似ていて正常な発音の日本語を話し正確な日本語を書き名前も日本名だけど実は外国人」という人になりわからないうちに日本人の老舗の経営と建物と土地が外国人のものにならないように監視と支援をよろしくお願いします。

 

    最近は「日本人に似ていて正常な発音の日本語を話し正確な日本語を書き名前も日本名だけど実は外国人」という人が日本の田舎の古い空き家を買い出したり日本の田舎の小さな町の入口に家を建てて住んだりしているということについてはどうでしょうか。このようなことは外国人は普通の会社や店に就職できないから外国人を支援の為ではなく古い空き家の活用の為でもなく侵略の為ということについてはどうでしょうか。このような外国人はこのような家に偽の娘や偽の奥さんも同居し家族で住んでいるように見せることもあるということについてはどうでしょうか。日本人の組織は一致団結し日本の全ての古い空き家と老舗と田舎の小さな町を管理して下さい。

 

    とある日本人の組織はどの在日外国人が日本にいつから住んでて日本のどこに住んでてどういう日本名をどういう時に使いどういう資金で生活しどういう活動をしていて日本国と日本人へはどのような態度であるのか全部管理しています。在日外国人が2人でも20万人でも日本に3日間いる外国人も日本で生まれて日本に何年も住んでいる外国人も管理体制は同じです。帰化した後もいつ帰化して日本のどこに住んでてどういう日本名を使いどういう資金で生活しどういう活動をしていて日本国と日本人へは従順であるのか全部管理しています。このようなことをしている国は日本だけではありません。どこの会社においても自分の会社の社員よりも他の会社の社員や来客を監視しているのと同じく、どこの国においても自分の国の人よりも外国の人を監視しています。在日外国人が日本人に身勝手なことをした場合、すぐにではないとしても、何かの形で制裁があると思った方がいいということについてはどうでしょうか。

 

 祖父の代から日本に住んでいて日本人に似ている外国人は日本に住むことよりも自分の国に住むことを考えましょう。祖父の代から日本に住んでいて日本人に似ている外国人は日本で頑張ることよりも自分の国で頑張ることを考えましょう。祖父の代から日本に住んでいて日本人に似ている外国人は日本で何ができるかよりも自分の国で何ができるかを考えましょう。