9月1日新しい季節新しい学期は災いを防ぐことから出発 

 

 

    教訓

    おはようございます。本日9月1日「防災の日」「防災訓練の日」「避難訓練の日」は本日の100年前の大正12年1923年9月1日土曜日に発生の関東大震災により制定。関東大震災はお昼時に発生で当時は家庭に電気製品が普及してなかったため台所で火を使っていた人が多く火災による被害の方が大きかったことも学校で先生が教えて下さいましたね。当時子供ながらもこのことから「原因と結果」のようなものも学んでいたような気が致します。学生だった時は誰でも夏休みの後の新学期は第1日目から訓練ということがいつも頭にありましたし、早急の避難の為に靴に履き換えないで上履きで校庭に走って訓練を行いましたし、今日は上履きで校庭に出たし今日は晴れてるから上履きは家に持って帰りきちんと洗いましょうというご指導もありましたし、公務員も学生と同じにして訓練を行う為お父さんが公務員だった人は更に9月1日はいつもと違う日だったでしょう。日本では9月1日は学校から県庁や政府まで丁寧にきちんと訓練指導と訓練を行いますが、このようなことをやっているのは世界で日本人だけだと思いますが、このようなきちんとした訓練指導と訓練の継続が日本人を世界一の人種にし日本を世界一の国にしているのでしょう。

    防災源を創造

    人類は炎がなくても熱くなるし明るくなる電気という防災源を発明、日本人は関東大震災が発生の年の発生の前に世界で初めて炎がなくてもご飯ができる電気炊飯器という防災源を創造、世界初電気炊飯器「岩崎弥太郎三菱NJ-N1」大正12年1923年登場。日本人男性の荒木吉次郎は関東大震災の5年後の昭和3年1928年に自動で非加熱になる自動電気炊飯器という防災源を発明、そして、日本人男性の三並義忠は27年後に世界で初めて自動電気炊飯器を商品化/実用化、世界初自動電気炊飯器「東芝ER-4」昭和30年1955年12月10日登場。なんと東芝ER-4は世界で5億台を売上げ電気炊飯器普及、電気炊飯器の普及は防災源の拡大、防災源の拡大は幸せの拡大。後に、日本人は電磁調理器/IHを発明、電磁調理器/IHは調理器で最も素晴らしい防災源で省電源です。

    電気は目に見えない神の贈り物

    電気製品も日本人男性の発明、平賀源内(ひらがげんない)の発明、世界初電気製品「源内エレキテル(静電気発電蓄電装置/摩擦式発電機)」1776年登場。源内エレキテルは箱の外に出た棒を回すと静電気を発電し蓄電します。電気はドイツ人男性の発明、Ewald Georg von Kleistの発明、世界初電気1746年登場、3ヶ月後にオランダ人男性のPieter van Musschenbrockも電気を発明、両者は「自然で日常茶飯事に発生の電気の静電気」を人口で発電し蓄電を発明、しかし、最初は、源内エレキテルのような一体化した装置ではなかったと思いますし、源内エレキテルのような製品ではなかったと思います。日本人は1600年からオランダ人と交流、日本人男性の後藤光生梨春は1765年に紅毛談(おられだばなしか)というオランダについての本を発行。平賀源内はオランダ人の技術で源内エレキテルを創造との情報もありますが「源内エレキテルの技術経由の記録は全く残っていない」「ドイツ人に続いてオランダ人も3ヶ月後に独自で静電気発電蓄電を発明」ということから、源内エレキテルは平賀源内が独自で創造した可能性は0ではないでしょう。世界には190もの国がありますが、世界を変える技術分野に関係の国は1国か2国で、日本は最も世界を変える技術分野に関係の国で日本民族(日本人)は最も世界を変える技術分野に関係の民族です。

 

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電気製品の父 源内エレキテルの父
日本人男性 平賀源内 肖像画
享保13年1728年誕生
平賀鳩渓は平賀源内の画号

 

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世界初 電気製品
源内エレキテル 静電気発電蓄電装置/摩擦式発電機
1776年登場

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源内エレキテル 複製品 

 

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書いた人 日本人男性 森島中良 宝暦6年1756年誕生
書いた物 源内エレキテル
書物の名前 紅毛雑話
書物の発行 天明7年1788年

 

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電気の父
ドイツ人男性 Ewald Georg von Kleist
1700年6月10日誕生

 

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電気の父
オランダ人男性 Pieter van Musschenbroek
1692年3月14日誕生

 

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世界初 電気炊飯器
三菱 NJ-N1 大正12年1923年登場

 

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世界初 自動電気炊飯器
東芝 ER-4 昭和30年1955年登場

 

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世界初 太陽電池電卓 世界初 ポータブル太陽電池装置
世界初 実用太陽電池
世界初 充電式太陽電池電卓
当時世界最小 太陽電池
シャープ EL-8026 昭和51年1976年登場
太陽光ではなくても室内照明光でも使用可

 

    上に掲載のシャープEL-8026は左がカバー非装着の本体正面で右がカバー装着の本体裏面です。シャープEL-8026は太陽電池を本体の裏面に搭載のため、ある程度充電してから使用します。充電式電卓はシャープEL-8026登場以前からありました。世界初充電式電卓は昭和51年1975年登場シャープEL-8010でしょう。シャープEL-8026は太陽電池を裏面に搭載の理由は「当時はシャープEL-8026の大きさの電卓の正面に電卓を十分作動できる太陽電池を搭載は世界の誰もできないでいた」「もっと大きい電卓なら正面に搭載できるが当時はシャープEL-8026の大きさの電卓が主流になっていたからシャープEL-8026の大きさの太陽電池電卓にしたい」「裏面に搭載なら厚くはなるし充電してからでないと使用できないが縦と横の大きさは変わらない」ということだったと思います。シャープEL-8026は縦109横66厚9.5mm、シャープEL-8025(シャープEL-8026と同じ年に登場の非太陽電池電卓)は縦109横66厚7.0mm、シャープEL-8026の方が2.5mm厚いです。2.5mmは意外でもっと厚いと思いましたが、太陽電池は厚さよりも面積(縦と横)が大きい方が電力が大きいということなのでしょう。日本人はシャープEL-8026を創造し誰でもどこでも太陽光と照明光で電気を作ることのできる世界に変えたのです。

 

 

    すぐ上に掲載の写真は社屋が関東大震災の影響を受けたため社屋を大阪に移し大正13年1924年9月に新社屋で出発の記念写真だと思いますが、早川金属工業研究所シャープ創業者早川徳次も写っています。大正13年1924年9月は早川徳次30歳。早川徳次の奥様と2人のお子様は関東大震災の影響で他界。社屋の壁に掲げた看板の菱形の間隔が均等なのが素晴らしいですし、1字ごと独立した看板の発想も素晴らしいです。

 

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シャープの父
金属製シャープペンの父
自由段階バックルの父
日本人男性 早川徳次 1893年11月3日誕生 写真右
1925年撮影

 

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世界初 本体正面に太陽電池がついてる太陽電池電卓
世界初 折畳式太陽電池電卓
世界初 非充電式太陽電池電卓
テック電子 EC-201 昭和54年1979年登場
太陽光ではなくても室内照明光でも使用可
折畳という面積倍化の発想が太陽電池正面化を実現

 

 

 

在日韓国人は日本の公務員になることができません。日本人保護と侵略防止と偏向行動防止の為、外国人は日本に帰化しても日本の公務員になることができません。外国人への支援は外国がやるのが第一で、外国で就職先などに困ったら自分の国へ戻るのが第一です。

 

在日韓国人は日本のテレビ局とラジオ局と新聞社に就職できません。日本人保護と侵略防止と偏向報道防止と捏造報道防止の為、外国人は日本に帰化しても日本のテレビ局とラジオ局と新聞社に就職できません。テレビ局とラジオ局と新聞社は外国人支援所ではありません。外国人への支援は外国がやるのが第一で、外国で就職先などに困ったら自分の国へ戻るのが第一です。日本人は日本に1億人もいますから日本人だけで十分テレビ局とラジオ局と新聞社を運営できます。もし既に日本名と日本語を使い日本人に成り済ましNHKで勤務している外国人がいたら直ちに外国人でも勤務できる勤務先に転職もしくは自分の国へ帰り自分の国の公共放送で勤務して下さい。今はテレビを見る人がとても少なくラジオを聞く人もとても少ないですから、放送局を減らし放送時間も減らしましょう。今後は人口も減っていき昔のように交通渋滞もなく生活しやすくなっていくでしょう。


在日韓国人は日本の博物館と美術館と図書館の職員になることができません。日本人保護と侵略防止と偏向報道防止と捏造報道防止の為、外国人は日本に帰化しても日本の博物館と美術館と図書館の職員になることができません。外国人は日本に帰化しても日本の博物館と美術館と図書館の警備員になることもできません。外国人は日本に帰化しても日本の博物館と美術館と図書館の企画員になることもできません。博物館と美術館と図書館は外国人支援所ではありません。外国人への支援は外国がやるのが第一で、外国で就職先などに困ったら自分の国へ戻るのが第一です。

 

在日韓国人は日本の省庁(外務省や文部省など)で働くことができません。日本国家保護と侵略防止の為、外国人は日本に帰化しても日本の省庁で働くことができません。外国人への支援は外国がやるのが第一で、外国で就職先などで困ったら自分の国に戻るのが第一です。

 

在日韓国人は日本の銀行と信用金庫と郵便局で働くことができません。日本国家保護と侵略防止の為、外国人は日本に帰化しても日本の銀行と信用金庫と郵便局で働くことができません。銀行と信用金庫と郵便局は外国人支援所ではありません。外国人への支援は外国がやるのが第一で、外国人支援所は大使館で、外国で就職先などで困ったら自分の国に戻るのが第一です。

     

在日韓国人は日本人の組織の責任者(首相や大臣や議員や知事や会長や社長や課長や署長や工場長や館長や院長や店長など)になることができません。日本国家保護と侵略防止の為、日本に帰化した外国人でも日本の組織の責任者になることができません。外国人の支援は外国がやるのが第一で、外国で就職先などで困ったら自分の国に戻るのが第一です。日本に帰化したら本物の日本人と全く同じ生活ができるわけではないのです。あなたが自分の国が大事なのと同じく日本人も日本という自分の国が大事なのです。

 

今後、日本国は、全ての日本人の組織において、就職の時と人事の時に国籍証明書の提示を行い、日本人に成り済ました外国人による侵略を防止し、今後、日本国は、パスポートに帰化の有無の記載を行い、帰化による侵略も防止します。

   

在日韓国人は自分の国へ帰りましょう。今まで日本にお世話になったことを感謝して帰りましょう。韓国政府は毎年少しずつ在日韓国人を引き取って下さい。統一教会と世界平和家庭連合と天地正教も日本から撤退して下さい。在日韓国人が駄目なら在日中国人や在日モンゴル人も日本人に似ているから在日中国人や在日モンゴル人でやろうとも思わないで下さい。外国人は日本で薬剤師をやらないで下さい。日本に帰化しても日本でやらないで下さい。韓国人は日本で大学教授をやらないで下さい。

 

在日韓国人は日本に住むことよりも祖父とバンクと自分の国に住むことを考えましょう。在日韓国人は日本で頑張ることよりも自分の国で頑張ることを考えましょう。在日韓国人は日本で何ができるかよりも自分の国で何ができるかを考えましょう。韓国人は家系を大事にしているそうですから、在日韓国人は自分は韓国のどこの家系の人か調べ、その家系で世話になって下さい。

 

 

 

    2005年のニュース

    ソウル中央地裁は、胚性幹細胞の論文を捏造した韓国人の黄禹錫(ファン・ウソク)元ソウル大学教授に、10月26日、有罪判決を言い渡した。

 

    2012年のニュース

    札幌地裁は、韓国人の宗教組織の統一教会の活動は違法で不正と判断し、統一教会に2.7億円の賠償命令を下した。違法で不正と判断した内容は「宗教であることを伏せた勧誘」「家族や知人との接触を断った状態での教化」「金銭提供の不足は信仰の怠りで救済されないとする教え」など。

 

    2014年のニュース

    東芝は、業務提携先である半導体メーカーでアメリカ人の会社のサンディスクの元社員が東芝フラッシュメモリの技術の機密情報を韓国人の会社のSKハイニックスに不正に流出しSKハイニックスがこれを使用したとして、不正競争防止法に基づき、損害賠償等を求める訴訟を提起した。