透明光ディスクも日本人男性の発明

 

    透明  東博  伊藤若冲  長谷川等伯  父さん  ありがとう

    透明光ディスクは2002年平成14年に日本人の会社DTJapanがCD式光ディスクで世界で初めて創造、世界初透明光ディスクの名称は「C-thru Disc」です。今回は世界初透明光ディスクで世界初CD式透明光ディスクの写真は非掲載ですが、他のサイトでは掲記(掲載や記載)していますし、今回は2008年登場世界2番目透明光ディスクで世界初ブルーレイ式透明光ディスクの写真を掲載。
 透明光ディスク。かっこいいですよね。
透明光ディスクと知り最初に思うことは「どうやって透明にしたのか」ということ、次に思うことは「透明だとレーザー光が向こう側に通過して書読できないのでは」ということですが、書読できない光ディスクは創造しませんので透明でも書読できるということですが、ではどうやって透明にしたのかについてですが、ディスクの反射膜をアルミニウムから銀に変えたことで透明でも書読できるようにしたとのことです。昔、レコードにおきましても透明レコードがありましたが、レコードはレーザー光という非物体で書読ではないですから「なぜ透明でも書読できるのか」と不思議に思うことはありませんでしたが、光ディスクはレーザー光という非物体で書読ですから「なぜ透明でも書読できるのか」と不思議に思いました。透明光ディスクは透明には透明ですが無色透明ではなく少し色があり少し暗っぽく、表面は非透明光ディスクと同じく色々な色に光ります。
 
 僕は初めて光ディスクを見た時とても綺麗で驚きました。早く買ってみたいと思いました。僕の最初の光ディスク式装置のCD式光ディスク式装置は納期1ヶ月だったため、装置が来る前にCDを買い、いつも「CDはレコードと違い綺麗だなあ」「CDはレコードと違いカセットテープのように小さいなあ」「CDはレコードと違い小さいし片面仕様でひっくり返さなくてもいいなんて素晴らしい」「CDはレコードと違い光で読み取るからパチパチというノイズもないなんて素晴らしい」と眺めていました。

 

世界2番目 透明光ディスク     
世界初 ブルーレイ式透明光ディスク     
世界初 片面8層両面仕様16層光ディスク     
世界初 片面200GB両面仕様400GB光ディスク     
当時世界最大層量 当時世界最大容量 光ディスク     
日本人の会社パイオニア平成20年2008年発明 実用試作品     

 

  日本人の会社エソテリックP1X-SE令和4年2023年登場 
  セパレートSACD式光ディスク式装置 日本製

 

 CDを買うようになる前はレコードを買っていましたが、レコードは再生を繰り返すとパチパチというノイズが増えていきますが、カセットテープも劣化していきますがパチパチというノイズは増えていかないですし、カセットテープは再生操作が簡単で小さくウォークマンでも使用できるということもあり、レコードを買ってもレコードで聴かないでレコードの音をカセットテープに録音してカセットテープで聴くことが多かったです。しかし、カセットテープは低音が過剰ぎみで本来の低音ではなかったという問題点もありました。
   
反射膜をアルミニウムから銀に変え非透明から透明に変えたことはどの程度難しいことだったか、また、なぜ銀だと透明でも書読できるのかわかりませんが、光ディスクメモリは以前のメモリ(カセットテープやレコード等)の問題点を全て解決した到成したメモリだからでしょうか、書読がレーザーという透明なものならディスクも透明なものにできないか等の発想までした人はいなかったでしょう。銀化による透明化は低音質化などの変化も全くないとのことです。透明カセットテープと透明レコードを創造したなら透明光ディスクも創造しよう、透明カセットテープと透明レコードは創造できたが透明光ディスクは創造できないでは光ディスクはカセットテープとレコードの問題点を解決したとは言えない、ということでも透明光ディスクの研究開発に到ったと思います。
   
光ディスクの反射膜の銀化そして透明化による利点は見た目においてのみで高音質化や高画質化などの利点はありませんが、透明光ディスクの「透明=無い」という表現は「光ディスク=記録再生箇所移動の待ち時間が無い」「光ディスク=書読部分とメモリの摩擦が無い」「光ディスク=劣化が無い」「光ディスク=寿命という概念が無い」「光ディスク=苦労が無い」という光ディスクの特徴を見た目においても表現したと言えます。

 

         日本人男性 米沢成二 よねざわせいじ 昭和14年1939年誕生
 光ディスクの父


   
透明光ディスクも素晴らしい日本人の技術ですから、日本父祖発明意匠では既に透明光ディスクについて何度も掲記していますが、今回のように透明光ディスクを主題にした掲記は初めてで、いつの日か透明光ディスクを主題にした掲記をしたいといつも思っていましたが、日本人の発明や創造は世界最多のため、透明光ディスクについて掲記したいと思っても他のことが無限のように次々に思い付き、今回に到りました。
    世界2番目透明光ディスクや世界3番目透明光ディスクは、なぜ、大容量化と同時に透明化したのか、透明化により多層化でき大容量化できたのか、また、どのように透明化したのか、世界初透明光ディスクと同じく銀化により透明化したのかわかりませんが、透明化16層化32層化におきましてもできるのは世界で日本人だけです。世界が驚く素晴らしい技術です。
   
日本人の会社TDKが2010年に創造した世界3番目透明光ディスクで世界初1024GB光ディスクも実用化/量産化できる試作品ですが、人類が量産した最大容量の光ディスクは「ソニーBNR4VAPJ4(ブルーレイ式非透明4層片面仕様光ディスク)」128GBです。BNR4VAPJ4平成30年2018年登場。初期のブルーレイ式光ディスクは1層23GBでしたが、最近は1層32GBに進化、32GB × 4層 = 128GB。最近はCDも最大容量/最大録音時間が74分から80分に増えています。世界初1024GB光ディスクの1024GBは両面での容量ですが、片面だけでも512GB、世界初1024GB光ディスクもブルーレイ式ですから音だけではなく映像も記録再生できます。世界初1024GB光ディスクについては日本父祖発明意匠では前回2024年1月15日と2022年7月14日でも掲記しています。

 

世界初 円形ポータブルDVD式光ディスク式装置     
世界初 セパレートポータブルDVD式光ディスク式装置     
世界初 DVDウォークマン     

日本人の会社ソニーD-VM1平成13年2001年登場 日本製     
直径15cm 再生専用装置 CDも再生     

 

    ブルーレイとDVDは異容量でブルーレイの方が大容量ですから、今はDVD式装置の製造販売はしていませんが、ブルーレイとDVDは同画質でブルーレイ式装置はDVDも再生できるため、今も記録済DVDの製造販売はしていて、今もポータブルのDVD式装置の製造販売はしているようです。
    下に掲載したデンオンのCDは非透明光ディスクです。このCDの白黒写真をジャケットに用いたCDは「UHQCD」「SACDハイブリッド4枚組」「9枚組」など色々あるようです。SACDは非SACD式装置では使用できませんが、SACDハイブリッドは非SACD式装置でも使用できます。今後は非SACDにおいてはUHQCDやブルースペックCDが当たり前になっていくと思いますが、普通のCDでも光ディスク式装置で非無線で聴いたなら光ディスクならではの「音の透明性」「音の空気性」「音の奥行性」「音の艶」を聴くことができ、1万円前後の光ディスク式装置でも聴くことができます。
    光ディスク式装置はデジタル式装置ですが、今の光ディスク式装置は全ての光ディスク式装置がノイズのない音で本来の光ディスク式装置の音というわけではなく、全ての光ディスクがノイズのない音というわけではありません。今のポータブルCDプレーヤー「東芝TY-P10」「オーム電機CDP-3870Z」はスーという空気の音のようなノイズのある音でノイズ以外の音(声の音や楽器の音)も本来のCDの音ではなく、ノイズのない光ディスク式装置でもアナログ録音でスーという空気の音のようなノイズのある音の光ディスクを再生した際はノイズのある音です。その理由は、光ディスク式装置は再生の際にデジタル化/デジタルリマスターを行うわけではないからです。世界初CD登場1982年当時からデジタル録音技術はあるのになぜアナログ録音のCDもあるのかと思うと思いますが、音楽制作者やディスク制作者が「ノイズが入っている音の方が昔らしさがあっていい」ということもあると思います。ノイズの量も様々。アナログ録音のものでもノイズのないものもあります。ノイズを消すことはデジタル化以外にもグラフィックイコライザー/グライコを用いることでもできます。しかし、グライコでノイズを消した音はデジタル化でノイズを消した音よりもこもった音です。しかし、音楽制作者やCD制作者が「(はっきりした音よりも)こもりぎみの音の方がこの曲に合っている」ということもあるでしょう。

 

      ウィーン室内合奏団 CD

 

 今はデジタル技術によりグライコも電卓と同じく小形化どころか無形化。形が小さいどころか形が無い。今は電卓の操作が映像でできるようにグライコの操作も映像ででき、今一番小形のウォークマンNW-S315もグライコの操作が映像でできます。映像は「無形の世界」「無限の世界」「瞬間変化の世界」です。NW-S315については日本父祖発明意匠2021年3月17日「遠い未来の夢」で掲記。
    最近は「有形/固形の世界」の映像もあります。フリップドットの映像です。フリップドット式ディスプレイはプラスチックの固形のモザイク/ドットの「表面と裏面の白色と黒色」「白色を斜めにし少し暗くした鼠色」の3色の色と白色の明るさを変えて色々な映像を創造し色々な映像を映します。このディスプレイのモザイクは固形ですからモザイクの色と色の明るさを変えるのは機械で行い、変える時/動く時にパタパタと音がしますが、この音も真新しく人類が初めて聞く音、そよ風のような音です。今、フリップドット式ディスプレイは山本耀司ワイズ表参道店1階にあります。
    昔は「有限の世界」の映像もありました。「フリップ式時計/フラップ式時計/パタパタ時計」「フラップ式表示体/FLAP DISPLAY」の映像です。フラップ式表示体などもフリップドット式ディスプレイと同じく「有形/固形の世界」「固形表示体」ですが、たくさん連なったフラップ式表示体はモザイク式ディスプレイに近いですが、フリップドット式ディスプレイ以前で以外の固形表示体は非モザイクで無限に何でも表示できない有限の世界です。
    液晶式ディスプレイと有機EL式ディスプレイもモザイクの色と色の明るさを変えて色々な映像を映します。液晶式ディスプレイと有機EL式ディスプレイとフリップドット式ディスプレイはモザイク式ディスプレイと言えますが、世界初モザイク式ディスプレイは1968年登場ソニーカラービデオパネル。
    ソニーカラービデオパネルは光の3原色の3色の白熱電球の色と色の明るさを変えて色々な映像を映します。ソニーカラービデオパネルは「世界初の電球式ディスプレイ」「世界初で当時世界最大の100形ディスプレイ」「世界初の平面ディスプレイ」でもあります。ソニーカラービデオパネル/世界初白熱電球式平面ディスプレイは試作をしソニービルに展示しましたが量産には到りませんでした。理由は「白熱電球は最小のものでも豆電球だから小画素ではなく小画素ではないなら多画素ではなく多画素ではないなら高画質ではない」「100形という大画面にしたら自然と遠くから視るようになるし多画素になるが100形にしてもブラウン管式ディスプレイと同等の画質にならない」「元々電気量と発熱量が多量の白熱電球を大画面でたくさん使用では量産できる電気量と発熱量ではない」「画面の輝度も十分ではなく電球の輝度を上げると画面の輝度が上がるが電球の輝度を上げると電気量と発熱量も増量してしまう」ということだったと思います。
    モザイク式ディスプレイの「この映像信号から映像を創るにはこのモザイク/画面のこの一片/この画素をこの色に変えこの色をこの明るさに変える」という制御はコンピューターが自動で行うわけですが、日本人はこの制御技術を発明したことで、ソニーカラービデオパネルを創造したことで、1971年に世界で初めて液晶を創造できたと思いますし、1982年に世界で初めて液晶式ディスプレイを創造できたと思います。有機ELという発光体のディスプレイ化は液晶という表示体のディスプレイ化と同等の技術ですから、日本人は液晶式ディスプレイを創造したことで、2001年に世界で初めて有機EL式ディスプレイを創造できたと思います。
    

 

    上に掲載した照明は東京国立博物館の本館の本階段と本階段の横にあります照明。とてもかっこいい照明ですよね。この照明も東京国立博物館本館建築家の日本人男性の渡辺仁(わたなべじん/明治20年1887年2月16日誕生)が匠意したと思います。踊り場の照明は日本独自の照明「行灯」「提灯」を2つ重ねたような、中から照明がもう1つ上に出現したような、2段の8角柱の意匠、また、この照明は高層建築や塔のような意匠、蝋燭の炎のような意匠。このように大きい照明にしては硝子が薄いのも珍しいですし綺麗、この薄い硝子は冬の道の水たまりにできた薄い氷のようで郷愁性があり、硝子の天辺は縁無しであるのも珍しいですし縁無しだから更に水や氷のように綺麗、また、硝子の天辺は普通の火灯窓/花頭窓の天辺のような小曲線にしてあるのもお洒落、土台の装飾意匠も珍しいですしお洒落。東京国立博物館本館は正面入口に近い1階の階段の手摺の先端の上にある照明と2階の本階段の横の天井の照明もこのような照明になっていますが、この2箇所の照明は踊り場の照明よりも大きい照明になっていて、1階の階段の手摺の先端の上にある照明は2段の8角柱の下段の4つの角にも照明が、2階の本階段の横の天井の照明は2段の8角柱の下に16角の円盤のような照明が一体で16角の8ヵ所には同じく角ばった照明もついてます。東京国立博物館本館の2階は天井に照明を設置してあるのは本階段の横だけです。東京国立博物館本館は1階部分の外側が城壁のような意匠になっているのも特徴、すぐ上に掲載の写真が本館の外側の写真、東京国立博物館表慶館もこのような意匠になっていて、本館の屋根には日本独自の建築装飾「懸魚(げぎょ)」もついてます。

 


    東京国立博物館本館は本階段広場の壁も素晴らしい作品で展示作品。壁は鼠色の天然石。このような空間の壁の色が鼠色であることは非常に珍しく、また、鼠色なのに美しい森や美しい水のような空気性や透明性を持っているのも珍しいですし綺麗なのは天然石だからではなく東京国立博物館だからでしょう。この天然石は少し白い模様が入っていて、ここの照明の模様と同じような模様になっている箇所や階段のような模様になっている箇所もあります。壁の大時計は石の奥から滲み出たような、或いは、森や水の奥からじわっと浮いて出たような、また、森や水の奥から少しずつ浮いて出た水滴が少しずつ形になったような、はたまた、壁に伝った蔦のような、十字対生のような意匠そして造形。東京国立博物館は本当に本階段の照明と壁や手摺などの石と大時計だけでもじっと見ていたい素晴らしい作品で展示作品。東京国立博物館本館正面入口の扉にはこの大時計と同じ意匠の硝子を設置してありますし、東京国立博物館の建築は扉の取っ手もとっても細かい美しい装飾を施してあります。

 

 

 上に掲載の墨画を書いた人は日本人男性の伊藤若冲(いとうじゃくちゅう/正徳6年1716年3月1日誕生)です。とてもかっこいい絵ですよね。この絵の為の建築そしてこの絵がよく似合う建築を想像/創造したくなるほどです。この絵は世界一「力強いし個性も強いし大胆だし男らしい絵」でしょう。同時に「実に気品のある絵で神秘性のある絵」でもあるのも特徴です。「最も力強い絵を書こう」「かっこいい絵を書こう」「世界唯一の木の絵を書こう」「世界唯一の松の木の絵を書こう」という想いがあったと思います。若冲はこの絵のような松の木をよく書いたようですが、この絵の松の木が最も太いと思います。なぜ、若冲は中が空洞のような透明のような木を描いたのでしょうか。木の表面に反射している地面の雪の白い輝きを表現の為でしょうか。木が自然界に溶け込んでいる様子を表現の為でしょうか。最も輝くと透明になります。無論、この絵は葉っぱの書き方も実に個性が強くかっこいいです。「松の葉らしさがとてもよく出ている」といった普通の評論が出て来ないほどです。この松の葉の絵は「黒っぽくて暗っぽい絵」でもあるのも特徴ですが、この絵は黒っぽい部分だけではなく透明で輝いてる部分もどこか奥深しさがあります。この絵は屏風に描いた大きい絵の一部分で題名は「松梅群鶏」です。この絵は雄鶏の尾っぽも実にかっこよく芸術性と意匠性が高いです。日本人の創造力に驚きます。若冲の鳥の絵は日本父祖発明意匠では2022年3月15日「ノートパソコンも日本人男性の発明」でも掲載しています。この2つの絵の間そして最初の写真の下に掲載したものは字意匠で「若冲」と書いてあります。

 

 

    建築は床部分も注目部分。建築と装置は全てが意匠。設計も意匠。材質や配色も意匠。東京国立博物館本館本階段は、段の部分は天然石のタイルを張ってあるのではなく天然石の塊で段を創造してあるのも驚きます。この部分の天然石も運ぶのが大変だったでしょう。この当時の石造建築は本階段はこのように創ることが多かったようです。踊り場の床はタイルを張ってあるのですが、タイルの材質と色がとても普通で博物館に用いる材質や色ではなく、表面も土のようにとてもざらざらしていて土間のようになっているのも珍しいです。普通は床も珍しい意匠にしようと思う所ですが、普通の材質と色は他の箇所で作品を際立たせていますし、自信や余裕さえ窺えます。
    東京国立博物館は日本人の芸術性は世界一であることを日本人の先祖と一緒に体験できる所でもあります。そして、東京国立博物館におきましても「力強いし個性も強いが自然だしやさしいし意匠性と品性と霊性も高い」という日本人ならではの芸術性を思う存分に堪能できます。

 

 

    一番上そして一番下に掲載した写真は東京国立博物館の本館の正面入口の逆側にあります窓と窓の眺めと景色の写真。東京国立博物館はこの窓とこの窓の眺めと景色も素晴らしい作品で展示作品。この窓は日本独自の窓「火灯窓/花頭窓」や外国の建築様式の窓「Moorish Window」のようですが、東京国立博物館本館建築家の日本人男性の渡辺仁はどのような思惑でこの窓枠を匠意したのでしょう。この窓の景色の建物は東京国立博物館の転合庵。転合庵の建築家は天正7年1579年誕生の日本人男性の小堀政一。転合庵は元々京都にありました移築品。火灯窓/花頭窓は「火」「花」以外にも「雲」「山」「木」のようでもある世界一かっこいい窓。火灯窓/花頭窓は長い窓ではないですが、東京国立博物館本館正面入口逆側の窓は「掃き出し扉窓」で実際は縦にとても長い窓、火灯窓/花頭窓やMoorish-Windowは下には曲線はありませんが、東京国立博物館のこの窓は下にも同じ曲線があり、東京国立博物館のこの窓は欄間もあるのですが、欄間も同じ装飾になっています。東京国立博物館の本館の窓の写真は日本父祖発明意匠2022年10月15日「祝東京国立博物館150周年」でも掲載していますが、今回は雪景色。この景色は実際に見るよりもこのような写真にした方が更に幻想性が高くなるように思います。
   
東京国立博物館本館昭和12年1937年竣工。東京国立博物館は正門の前に立ち東京国立博物館を眺めますと、確かに、日本独特の「島国とは思えないとても大きい普通ではないもの」が伝わり驚きます。そして、本館に入ると、硝子建築ではないのに、音楽のような素晴らしい透明性と空気性に出会えますし、光ディスクのような素晴らしい透明性と空気性に出会えます。

 

            おめでとう日本のお父さん
            ありがとう日本のお父さん
            奇跡の国  世界一の国  日本
奇跡の男  世界一の男  日本人の男